転職活動で分かったのは、世の中ろくな会社がないということ

会社




会社がおかしければ採用方法もおかしい

現在ほぼほぼ入社する会社はきまったが、ここにたどり着くまでいろいろあった。

できれば転職はしない方がいい、というより就職すること自体あまり価値がないことだと思えてきた。

自営業や起業ができる人はその方がいいだろう。

 

企業の求める人材

結局企業の求める人材は次の3つを兼ね備えた人材だ。

1.「奴隷根性」

2.「社畜精神」

3.「滅私奉公」

こんな人間はいないと思うだろうが、その場合はこれらに近い人材、又はこれらに洗脳できそうな人材が採用される。

その証拠に、私が受けたハローワークのセミナーでの企業アンケートによると、採用の決め手の7割以上は「人間性」だという。

「人間性」とだけ言えば、聞こえはいいが、要は奴隷根性を持っているか、社畜になれそうか、プライベートを削ってまで会社に奉仕できる人間かを判別しているだけにすぎない。

だから、前職に不満があって辞めた人間は、奴隷にするのが難しいので雇われない。

職を転々としている者も同様だ。奴隷に向かないので採用されない。

 

就職するためにやるべきことから洗脳が始まる

身だしなみを整え、企業に気に入られるように履歴書と職務経歴書を準備し、企業のHPを見て面接で企業を褒められるようにする。そして、企業を志望した理由を具体的に説明しなければならない。

もはや、就活は企業の奴隷になる準備としか思えない。

企業に落ちたからと言って落ち込む必要はない。奴隷にならずに済んだのだから。

2018年4月刊行の「10年後の仕事図鑑」という本の中で、堀江貴文氏と共著のメディアアーティストの落合陽一氏も同様のことを述べている。

現行の就活システムもなかなかひどい。就活でインプリントされる、まるで拷問のような「労働者根性」や「同一性回帰願望」は、一生抜けないようなトラウマになるかもしれない。

落合氏は大学教授も務めているので、就活する大学生を実際に見てこのような考えにいたっている。

 

手書きの履歴書

採用されるためには履歴書はとても大事だ。しかし、これもおかしな決まりが多い。

いまだに履歴書は手書きという暗黙の決まりがある。

これについて、先に紹介した同署の落合氏の見解も引用する。

日本の就活の手書きで履歴書を書かせる文化も、はっきりいって選考する社員及び作成する応募者のどちらにとっても不便であるし、何一つ本質的ではない。根性と写経の世界である。

全く同感である。

 

パワハラ・セクハラは当たり前

社員に対し、奴隷根性、社畜精神、滅私奉公を求めているのだから、パワハラ・セクハラなんぞは当たり前の世界なのだ。

昨今は財務省のセクハラ問題が世間を賑わせているが、日本のトップ組織がその程度である。

最近の例でいえば、相撲協会の対応やレスリング協会の対応も見ていれば良くわかるだろう。

私も企業の面接で言われたことがある。

中小企業の部長として働いていた私は、経営者のパワハラが原因で辞めているのだが、

そのことを企業の面接官に話したところ、そいつが言うには、

「部長なんだから、他にやりようがあったんじゃないの?」

という一言である。

一見、一理ありそうには見えるが、被害者感情は完全に無視だ。

しかも、管理職ならばパワハラなんぞ当たり前、対処できない方が悪いと言わんばかりなのだ。

この面接官は経営者の肩を持つ、社畜のかがみのような人間だった。

そういえば、例の財務省のセクハラ問題でもなんでも、ハラスメント行為者である偉い人は皆かばわれている。

 

能力のある人間は評価されるが…?

逆に能力のある人間は採用において当然評価される。多少奴隷に向かない人間でも、会社に利益をもたらしてくれればよいと考えるわけだ。

しかし、前職で優秀な人間が必ずしも新しい会社で成果を上げるわけではない。ひとたび使えない人材だと判断されれば厄介者扱いだ。

また、使える人材でも徐々にその会社の色に染め上げていく。というより、勝手に染まってしまう。それに耐えられなければ、辞めるしかないが、そうすると「ああ、やっぱりあいつはそんな程度だったんだ」「できると思って雇ったのに仕方ないな」ということになる。

元々、私のように経歴や前職に問題があって履歴書や面接で分かっていれば、「できると思って雇ったのに仕方ないな」と言うことができないので、そういう人間は雇わないのだ。つまり、最初からあとで言い訳ができる人材しか雇わないのだ。

 

過去の経歴ですべて判断する

そういうわけだから、企業は過去の経歴で人を判断するしかないのである。それによって、仕事ができる奴かどうか判断する。

アメリカ(シリコンバレー)では過去に失敗経験がないと一人前とみなされないそうだが、日本は違う。過去に失敗があれば、また同じことをやりかねない、危険人物なので雇わない。もしそうなったら、言い訳できないからだ。

本来は、スキルや意志でその人物を評価するべきだろう。

 

正社員は企業に飼いならされた奴隷

結局、正社員は企業に飼いならされた奴隷なんだと思わざるをえない。

しかし、もちろんそうではない会社もあるし、みんながみんが奴隷根性を持って働いているわけでもないだろう。

そうならないためには、どうしたらよいか。

自分のやりたい事、やるべき事を追求するしかない。

会社を利用して自分のやりたいことを実現する位の気概がないと、奴隷にされてしまうだろう。

そんな大きな志もない場合は、最低限な仕事だけして食いつなげばいい。会社からは悪い評価しかされないだろうが、奴隷になるよりいいだろう。




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キタズミ!

うつ病手前になって退職したり、会社から損害賠償求められたり、逆に精神的苦痛に対する慰謝料を請求したり、アパートの退去で高額の原状回復費用を求められたり、円錐角膜という病気になったり、そんな人生をブログにしてます。 現在は仕事を探している。 長野市で開催されるコンセプトカフェイベント「ルドロウキャッスル」を応援しています。